わたしは、謝るのが苦手だ。

 

こんにちは、謝ることがとても苦手なしおんです。

昨夜、「謝罪」についてパートナーと話し合う機会がありました。その話題が思いのほか考えさせられ、面白いなぁと感じたので、ここにシェアします!

 

謝ることが苦手な自分

「え?謝れないの…?」と思ったあなた。

そうなんです。

わたしは、小さい頃から「謝る」ということが苦手なんです。

言い訳をしたいわけじゃないし、自分を正当化したいわけでもないし、罪悪感が無いわけでもないんです。何ていうんでしょう、そもそも謝罪するという発想が生まれないとでもいいましょうか……。(なんかめちゃくちゃ嫌なやつに見える!)

 

わたしは、謝罪=許しを請うことだと思うんですよ。

 

『御免なさい』の免という漢字をgoo辞書で調べてみると、

  1.  見逃してやる。まぬかれさせる。まぬかれる。「免疫・免罪・免除・免税・免責/減免・赦免・放免・宥免 (ゆうめん) 」

  2.  許可する。「免許・免状/天下御免」

  3.  職を解く。仕事をやめさせる。「免職/任免・罷免」

このような意味合いを持つそうです。

つまり、本来の『御免なさい』とは、許してください、見逃してくださいということと同義。
『申し訳ございません』も、言い訳などありません、何も言えませんってことですよね。

 

それをわざわざ口に出すかどうかって、必須なの?と感じるんです。

 

日本人の『すみません』は、もはや口癖となっていますが、それこそ謝って済むなら警察はいらないわけですよ!その通り、『済みません』のですよ!

 

許しを請うくらいなら、代替案を出して「これからどうするか?」「自分に何ができるか?」を考える方が建設的じゃないかと。

そんなのドライすぎると思われるかもしれませんが、わたしからしたら「ごめんなさい」は場を鎮めるだけで、本質的に何も解決しない、誰にでもできる安直な媚び売りであり、解決手段のひとつにすぎません。(あえて誇張しています)

 

善悪の話をしたいのではなく、謝る以外の誠意の見せ方や、責任の取り方を選ぶ自由を認めてもいいんじゃないかとわたしは声を大にして言いたい!!!

 

しおん
もちろん、わたしも人間やってますから、迷惑かけても何も思わないなんてことはありませんし、相手に対して心を痛めたとき、意思表示として『ごめんなさい』を言うこともあります。
だけど、「まずは謝罪する」「謝罪しないと次に進まない」っていう文化には正直疑問を抱いています……。

 

 

さらに言うと、わたしが大嫌いなのが「謝罪すべきだ」「謝った方がいいよ」なんて言ってくるクソ虫 人達。

え?そもそも謝罪って、自発的な行為ですよね?それなのに、許しを請えと命令しているんですか?それって、イジメですよね?

 

謝罪の文化は日本だけ?

そんな価値観で、「謝罪大国」である日本に生まれ育ったわたしの生きづらさは尋常ではありません。

親だけでなく、友人や先生や上司……あらゆる人達から「謝りなさい」と強要されてきました。それが何よりも苦痛で仕方がありませんでした。例えるならば、表現の自由を奪われて、感情と行動が切り離される感覚とでもいいましょうか(°_°)

 

でも、彼らにも悪気があったわけではないと思います。だって、それが『美徳』だと教わってきたはずだから。今でも謝れることが謙虚で大人だ!と思う日本人が大半でしょう。

 

それで、昨夜パートナーと話しているときに(彼はもちろん迷惑をかけたら謝るのが当たり前という思考)、謝れないなんて自分だけなのかな……と思い調べてみたところ、なんと謝ることが文化になっている国はほとんどないという衝撃の事実!!!

 

↓ 以下のような記事も読み、なるほど〜と納得。

謝る日本人、謝らないアメリカ人

 

他の国では、謝罪よりも解決を重視するという風潮があるようですね。

しおん
そうだ、外国へ行こう。

 

ちなみに、インドには『ごめんなさい』にあたる言葉が存在しないんだとか!

それでハッと思い出したのは、以前、上野の美術館で開催されていた『ブータン展』に行ったときも、謝罪の言葉はありませんという記述にビックリしたことでした。

  ブータンでは、『ありがとう』もめったに使わないそうです!

何故かというと、やって当たり前だと感じる行為だけをしているので、相手に感謝の言葉を求めないから。逆に感謝の言葉を言われると功徳を失うという考え(!)や水臭いという思いから、『ありがとう』と言うと怒られてしまうらしいです(笑)

 

世界一幸せな国とも言われるブータン。その真髄は、日本とは対極にあるのかもしれません……!
↓ ブータンの魅力が満載なこの本は、一読する価値ありです。

相手の迷惑を認めること

ちょっと話が逸れましたが、日本ではやはり「謝罪」の言葉を聞く回数が圧倒的に多いな〜と感じます。

肩がぶつかったら、『すみません』。
相手を待たせたら、『ごめんなさい』。
ちょっとでも失敗したら、『申し訳ございません』……。

 

わたしたち、そんなに悪いことしてますか?

 

生きていく上で、失敗はつきもの。誰にも迷惑をかけないなんて不可能です。

迷惑をかけてしまうのはお互い様なのに、「わたしは誰にも迷惑をかけないようにしている!だからお前も迷惑をかけるな!」なんて言い張る人がいたとしたら、むしろ傲慢だと思いませんか?

自分も迷惑をかけるし、相手の迷惑も寛容に受け入れるという価値観が根付いていたら、謝罪の文化は生まれなかったのではないでしょうか。出る釘を打ち合うなんて、誰も得をしない我慢対決をしているようなものです。バカバカしいにも程がある( ;∀;)

誰かが何かをやってしまったということに対して、ほとんどの日本人が不寛容すぎます。

 

「謝りすぎ問題」だけに留まらず、これは今の日本社会が抱える大きな課題のような気がしてなりません。
週刊誌のゴシップ、謝罪報道、SNSの炎上……こういったものは一瞬の娯楽かもしれませんが、あなたにとって何の得にもなりませんし、残念ながらあなたの人生には一ミリもいい影響を及ぼさないはずです。

 

わたしはこれからも、むやみに謝ることはできないですし、たくさん挑戦してたくさん失敗できるような日本にしたいなと思っています!\\\\٩( ‘ω’ )و ////

これを読んでくださっているあなたも、失敗や迷惑が許し合える寛容な世界に生きるために、まずは「すみません」という口癖から見直してみてはいかがでしょうか?

 

 

いつのまにかオピニオン記事になってしまいビクビクなんかしていない、しおん


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